熊

 日本熊森協会では、現在、3頭のクマの保護飼育に携わり、全国の方にご支援いただきながら、愛情いっぱいにお世話をしています。
この3頭を通じ、クマの本当の姿が多くの人に伝わることを願っています。

 太郎は、生まれて間もない1990年春、木の株穴で母グマに抱かれて寝ていたところを、ハンターに撃たれて母親と妹を失い、みなしごとなりました。当時、和歌山県鳥獣保護連絡会会長の東山省三先生に引き取られ、愛情いっぱいに育てられました。
 クマは生まれてから約2年間、母親から、山の中で生きるすべをいろいろ教わります。みなしごグマが自然界で生き残ることは大変むずかしいのです。

 成長した太郎は、和歌山県によって秋田のクマ牧場にやられそうになりました。東山先生は、「太郎はうちの子だ」と頑として認めず、全国からも「太郎を守れ」の声が県に多く届きました。最終的に、和歌山県生石高原でレストランを経営されていた動物好きの山田氏に引き取られました。
 太郎を心から愛し、野生のクマが安心して棲める森造りに残りの人生を捧げられた熊森顧問故東山省三先生のご遺志を受け継ぎ、私たちは、太郎の世話を続けています。

 花子も、1991年、赤ちゃんのときにハンターに母親を撃たれました。神奈川県の会社経営者に引き取られ、愛情深く育てられていましたが、2005年、飼い主が飼い続けられなくなり、薬殺されることになりました。これを知った地元の女性が、熊森に救命を依頼してこられました。山田氏のご厚意で、太郎の隣で飼育していただけることになりました。熊森も飼育に全面協力しています
 おっとりして、茶目っ気たっぷりの花子は、やんちゃなところがある太郎とまた違った魅力があり、生石高原でもすぐに人気者になりました

 20146月、大阪府豊能町で、イノシシ用のわなに、4歳のオスのクマが誤ってかかりました。大阪府でクマがかかるのは初めてでした。
 誤捕獲された動物は放獣することになっていますが、大阪府は、人身事故が起きるのを恐れ、クマのもらい手を探しました。しかし、見つかりませんでした。

 日本熊森協会は、ドラム缶に入れられたままになっていたクマを秋田県から運び込んだ熊森のヒグマ移送用檻に移し、山に放獣するよう精いっぱい大阪府と京都府に働きかけました。しかしかなわず、大阪府は殺処分を決定しました。
 何とか命を救おうと飼育先を探したところ、大阪府豊能町の高代寺の住職さんが、「殺すのはかわいそう」と、保護飼育を申し出てくださいました。日本熊森協会は、全国から寄付を集め、獣舎建設に取りかかりました。

 20154月に獣舎が完成。「とよ」と名付けられたこのクマは、295日ぶりに、狭い移送用檻から解放されました。
 元野生グマ「とよ」は、最初、人に強い恐怖心があり、人が近寄ると<威嚇して逃げる>を繰り返していました。しかし、高代寺のみなさんと熊森ボランティアの温かいお世話のかいあって、今では、お世話の人の横で安心して食事するまでになってきました。
 秋にたらふくドングリを食べた「とよ」は、2016年、2017年、冬ごもりにも成功しています。